こころの散歩

炎になりたかった水

炎になりたかった水

 ある日、水は山を流れながら、わが身を嘆いて言った。
 「私はもう、冷たいのや川を下って流れるのには飽きあきしたわ。私は必要だそうだけど、美しい方がどんなにいいかしれない。情熱に火をつけ、恋人たちの心を燃え立たせる真っ赤で熱い炎のように。私はものを清めるっていうけれど、でも炎なら、もっと清める力だってあるわ。燃える炎になれたらなあ。」
 そこで、水は神様に手紙を書くことにした。
 「親愛なる神様、あなたは私を水にお造りになりました。けれども、謹んで申し上げますが、私は透明でいることに疲れてしまいました。赤い色を私にくださいませんか。炎になりたいと思います。よろしいでしょうか。‥‥気まぐれで申しているのではありません。私の自己実現のために、この変更はぜひとも必要なのです。」
 水は毎朝川辺に出ては、神様の返事が届くのを待った。ある昼下がり、真っ白な舟が通りがかり、赤い封筒を水に落として行った。水はさっそく封を切って読んでみた。
 「親愛なるわが娘よ、取り急ぎ返事を出します。お前は水であることに疲れたそうですね。私はそれが残念です。お前のおばあさんはヨルダン川で私の息子に洗礼を授けてくれた。お前もたくさんの子供たちに洗礼を授けるようにと願って、私はお前を造ったのです。水は炎の道を準備します。」
 水が一心に手紙を読んでいる間、神様はかたわらに降りて黙って水を眺めておられた。水は自分自身を見、そこに映る神様の顔を見た。神様は微笑んで水のことばを待っておられた。水は、神様の顔を映すという特権を澄んだ水だけが持つのだ、と気がついた。そこで、ほっと息をついて、口を開いた。
 「はい、主よ。私は水のままでいます。あなたを映す鏡のままで。ありがとうございました。」

ホアン・カトレット 著 / 中島 俊枝 訳 「たとえ話で祈る―聖イグナチオ30日の霊操―」(新世社)より
  

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