こころの散歩
炎を守って
炎を守って
セルマ・ラーゲルレーヴは伝説集「炎」の中で十字軍として聖地への戦いを成し遂げた後、ある誓いを立てた騎士のことを語っています。この騎士はキリストの墓で聖なる炎から点火したロウソクの火を消さないで故郷のフロレンスまでもって帰ろうと決めました。
彼は故郷へ帰る途中で盗賊に襲われましたが、剣を抜こうとはしませんでした。盗賊たちに対して、何でもやるからこのロウソクの火だけは消さないでくれと言ったのです。盗賊たちは馬、剣その他の武器、お金も奪い取りました。残していったのは老いぼれた馬一頭だけでした。彼はこの馬に跨って、道々様々な危ない目に会いながらフロレンスに帰って来ました。馬の背に揺られながら、自分の身体で風からロウソクの炎を守ったのです。
町のならず者たちが彼の姿を見て、この男は気が狂っていると思い、ロウソクの炎を消してやろうとあれこれの悪さをしかけたのでしたが、彼は炎が消えないようにあらゆる手を尽くして守りました。そして、終にそのロウソクを故郷の大聖堂に運び込み、祭壇のロウソクに点火したのです。
香部屋係は彼に尋ねました。「この炎を消さないように守るためには、どうしなければならないのですか?」彼は「この小さな炎を守るには、全身の神経を集中し、他の事は考えないことです。僅かの間も気を緩めてはだめです。この炎は多くの危険から守ってくれますが、この炎が盗まれないために絶えず気を配るのです。」と答えました。
あの決心は好戦的な兵士から平和を好む人へと、彼を全く新しい人に変えてしまいました。
“Willi Hoffsuemmer”より
※訳者注:セルマ・ラーゲルレーヴ=スエーデンの女流作家。「ニルスの不思議な旅」など絵本やキリスト教の寓話的作品が数多い。1909年女性で初めてノーベル文学賞を受賞した。