こころの散歩

 冬のある日、アクバール王は、手足を洗うために王宮の近くの湖に立ち寄った。湖に手を入れると、水のあまりの冷たさに驚き、「一晩この湖につかって過ごせた者にほうびを与える」と言い出した。
 貧しい一人の男が、この王の提案に名乗りをあげた。王の兵士たちに監視されながら、貧しい男は湖の中で一晩を過ごした。
 翌日、男はほうびをもらいに王宮に出かけた。しかし、何かしら騒動を起こしたがっていた一人の家臣が、その男に質問した。
 「一晩をどのように過ごされたのですか?」
 「水につかっている間、王宮を見ていました。」
 「するとあなたは、王宮の明かりを見ることによって、明かりの熱を感じていたんですね? あなたは、王が望むように何にも頼らず水につかっていたのではなかったわけだ。」
 この発言は筋が通っていないのにもかかわらず、王をはじめ、だれも反論する者はなかった。
 話を聞いた料理係は、この不当な出来事を明らかにしたいと考えた。その日開かれた宴会の途中、料理係は王宮の全員を調理場へ案内した。そこには、鍋が火から5メートルもの高さにつるされていた。
 「いったい何をしているのか?」王が不思議そうに尋ねた。
 「料理をしております。」料理係は平然と答えた。
 「何とばかげたやつだ。火から5メートルも離れた鍋に、熱が届くわけがあるまい。」貧しい男がほうびをもらえないように発言した家臣が言った。
 「王宮から数キロ離れた場所にいる男が、王宮の明かりの熱を感じることができるなら、この鍋にだってかまどの火の熱は届くはずでしょう。」
 王は料理係の指摘したことを悟り、貧しい男にほうびを与えた。

  
画: 泉 類治
  

ページ上部へ戻る