こころの散歩

王の遺言

王の遺言

 父王の遺言は荘厳に公表された。それは王国を三つに分けるものだった。
 「『港あふれの国』を、剛毅にして冒険心に富むわが息子クリスナに譲る。」
 「『実りあふれの国』を、企業家にして経済手腕に富むわが息子シバナンダに譲る。」
 「山岳地帯である『泉あふれの国』を、国民を幸せにするために、末の息子リスマクリンに譲る。」
 「二人の息子たち、クリスナとシバナンダは、その領土である平野と海岸を、リスマクリンが自由に通行し港に出ることを許可しなければならない。」
 夢見がちな末っ子王子に、乾いた荒れ地の山岳地帯を残したうえに、「国民を幸せにするため」だというのは、皮肉のように聞こえた。少なくとも、譲り受けた国を初めて公式訪問した末の王子は、そのように感じた。なにしろ目に入るのは、荒涼とした土地とそそり立つ山の狭間の小さな谷ばかり。ただ、湧水だけはふんだんにあった。
 「良い水の湧くこの土地に、花を植えてはどうだろう。」
 「なに言ってるだね、王様。花は食べられませんだ。」
 新しい王は思いをめぐらし、ひとつの結論を得た。
 「私の国民は悪い人間ではない。貧しいだけだ。貧しいために、心が狭く、ゆとりがないのだ。また、物事を知らないために幸せになれないのだろう。福祉はまず、不幸を是正することに始まる。私は国民たちが、彼らにふさわしい幸せを手にすることができるように、力を尽くしてみよう。」
 数日後、水を引き花を植えよ、という政令が発布された。国民一人につき、一メートル四方の花を栽培せよというこの命令に、人々は首をかしげた。
 「うちの王様も変わったことを言われるものだ。二人の兄王子は、海外に出向いたり、土地を開発したりで大活躍だというのに、花を植えろとはね。」
 春が来て、荒れ地に奇跡が起こった。不毛だった山地が見渡すかぎりの花畑となったのだ。人々は生き返ったように働きはじめ、総出で水をせき止めてダムを造り、発電装置を回した。電気が通じ、電灯もついた。けれども、なんといっても一番の奇跡は、彼ら自身の中に起こった。あのいつも喧嘩腰の頑固で仏頂面をした人々が、幸せは外からやって来るのではないと気づいたのだ。幸せの鍵は自分自身の中にあり、それを見つけるだけで良いのだと。そして心をみがく三つの秘訣まで発見した。花を育てること、音楽を育てること、愛を育てること。花も音楽も互いに殴り合っていては育たず、愛はののしり合っていては実らないから。
 人々の暮らしはすっかり豊かになった。こうして、皆の顔にほほえみがあふれ、国中に生きる喜びがみなぎった。

ホアン・カトレット 著 / 中島 俊枝 訳 「たとえ話で祈る―聖イグナチオ30日の霊操―」(新世社)より
  

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