こころの散歩

生ましめんかな

生ましめんかな

栗原 貞子

こわれたビルデングの地下室の夜であった。
原子爆弾の負傷者達は
暗いローソク一本ない地下室を
うずめていっぱいだった。
生ぐさい血の匂い、死臭、汗くさい人いきれ、うめき声
その中から不思議な声がきこえて来た。
「赤ん坊が生まれる」と云(い)うのだ。
この地獄の底のような地下室で今、若い女が
産気づいているのだ。
マッチ一本ないくらがりでどうしたらいいのだろう
人々は自分の痛みを忘れて気づかった。
と、「私が産婆です。私が生ませましょう」と云ったのは
さっきまでうめいていた重傷者だ。
かくてくらがりの地獄の底で新しい生命は生まれた。
かくてあかつきを待たず産婆は血まみれのまま死んだ。
生ましめんかな
生ましめんかな
己が命捨つとも

河村 盛明 著 「ひろしま文学紀行」(広学図書)より
  

ページ上部へ戻る