こころの散歩
真の人間の尊厳
真の人間の尊厳
ユダヤ人たちは、ナチスによって、突然、何の理由もなく、一方的に広場に集められ、貨物列車に乗せられ、収容所に連行される。目的地に着き貨車から降ろされたその時点で、選別される。健康な人たちは右に、病弱で役に立ちそうもない人たちはそのままガス室に導かれ、いのちを奪われてしまう。生き残った人たちには、きびしい強制労働の日々が待っている。
物質的な幸せはすっかり奪われてしまった。過酷な状況の中で、一人ひとりの生き方はさまざまであったという。人生をあきらめ、死を待つだけの受動的な生き方を選択する者、自殺する者、仲間のパンを盗む者、ナチスの手先になっ て仲間を裏切る者。一方に、病弱な仲間に自分のパンを提供してしまう者、仲間の代わりに労働する者、仲間に代わって処刑を受ける者、こうしてフランクルは、もっとも悲惨な状況の中で、運命に屈せず、祈り、ゆるし、愛し、献身することが、人間にとって可能であったことを、自らの経験を踏まえて、証言するのである。彼は、そこに真の人間の尊厳が現れたという。
こうしたフランクルのような、価値観に立てば、暗い運命論は消え去ってしまう。避けることのできない現実を真正面から受けとめ、人間としてしっかり生きようとすることの積み重ねから、人は人生を完成するのである。
森 一弘 著 「カトリック司教がみた日本社会の痛み」(女子パウロ会)より
写真: 山野内 倫昭