こころの散歩

神様の刺しゅう

神様の刺しゅう

 私が小さかったころ、母はよく縫い物をしていた。ある日、私は「お母さん、何してるの?」と聞いた。すると母は、「刺しゅうをしているの」と答えてくれた。私は母の仕事を見つめていたのだが、私が座っている所は母が座っている所よりも低かったので、何を刺しゅうしているのかわからなかった。私は母に「何を縫ってるんだか、ちっともわかんないや」と文句を言った。すると母は、下から見上げている私にほほえみかけ、優しく言った。「ちょっと外で遊んでいらっしゃい。刺しゅうが終わったら、だっこして、あなたにもしっかり見せてあげるから。」
 外に出て、私は自問していた。
 「お母さんはどうして、あんなに暗い色の糸をいくつも使うんだろう?」
 「ぼくにはどうして、刺しゅうがぐちゃぐちゃに見えるんだろう?」
 しばらくたって、私を呼ぶ母の声が聞こえた。私は急いで走って行き、母の膝の上に座った。するとそこには、美しい花やみごとな夕暮れの景色があった。刺しゅうを見て驚き、興奮している私に、母は言った。
 「下から見ていた時は、刺しゅうが何かめちゃくちゃなものに見えたでしょう。表の布には一つの絵があって、お母さんはその絵に糸を通していたのよ。上から見ると、よくわかるでしょ。」
 そして、母は言葉を続けた。
 「お母さんはね、よく空を見上げて、『神様、いったい何をしてらっしゃるの?』ってきいたものだわ。そうしたら、『あなたの人生を刺しゅうしているんだよ』って答えが返ってきたから、お母さんは言い返したの。『でも、私の人生なんて、うすぼけてるじゃないですか。私の人生の糸の色はとても暗いし‥‥どうしてもっと明るくないの?』するとね、神様はこう言われたわ。『わたしは自分の仕事をするから、あなたは自分のすべきことをしなさい。いつの日かあなたを天に迎えて、わたしの膝の上に座らせ、わたしと同じ目の高さからあなたの人生の絵を見せてあげるから。その時、全てがわかるだろう。』
 神様にさえ忘れられていると思った時でも、一人で悩まないで、確信をもって、『神様、あなたを信じます』と繰り返しなさい。」

(作者不詳)
画: 泉 類治
  

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