こころの散歩

賢人

賢人

 遠く、遠くのある村に、ある日、一人の老人がやって来たそうだ。その老人は賢人だといううわさだった。何人かの学生が、ことの真偽を確かめようと、彼のところに赴いて、言った。
「もし、あなたが賢人だと言うんだったら、この村で一番いい人はだれか、ぼくらに教えてほしいもんだ。」
 翌日、彼は、人通りが絶えないことで評判のある通りに立った。彼の脇には「あなたの助けが必要です。どうか何かを恵んでください」と書かれた看板があった。大多数の人は、彼に金をやった。しかし、彼は金をもらうたびに、彼の隣にいた物乞いに、その金を投げ与えていた。その光景を見て、人々は驚いた。
 翌日、彼は、昨日と同様に、同じ看板を持って立っていたが、さすがにその日はわずかな人が彼に金を恵んでやっただけだった。その代わり、もう一人の物乞いに金をやる人たちもいた。また、ある人たちは、彼に食べ物を持って来た。またしても賢人は、恵んでもらった食べ物をすべて、近くにいる他の物乞いたちにやってしまった。そして、昼になると、持参した弁当を食べた。賢人が欲していることを理解できる者は、一人もいなかった。
 三日目のことだった。彼は同じ看板を持って立っていたが、さすがに前日よりも少ない金しかもらえなかったし、わずかな人が彼に食べ物を恵んでくれただけだった。彼はそのもらったわずかな食べ物も、他の物乞いたちに配ってしまった。
 そのとき、一人の男が現れ、賢人に近づいて、「調子はどうだい?」と尋ねた。そして、彼に微笑みかけ、しばらく彼と会話を交わした後で、立ち去った。その男が行ってしまうと、賢人はそそくさとその場を後にしたのだった。
 その二日後、若者たちは、ことの成り行きについて尋ねた。
 「お若い皆さん、人々は私にお金や食べ物を恵んでくれましたが、どちらにせよ、あまり意味はありませんでした。彼らは、持てる者として、持たない者に何かを与えるという義務を果たしたのです。ですが、私に近づいて、微笑みかけ、私と会話を交わした人物が、この村で最高の人です。彼は私に人生の宝と魂の糧を与えてくれたのですから。」

(作者不詳 / 堂平 房江 訳)
画: 泉 類治
  

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