こころの散歩
重荷を取り去る
重荷を取り去る
医師ルーミスのところに、弱々しい初産の女性が来た。分娩のとき出てきた子は女の子で、片方の足が、腰から膝まで欠けている子であった。
医師は、とっさにこの弱い母親と一家の物心両面の苦しみと、この子の将来を思って、2、3分の間、産道からその子を引き出すのを遅らせて、胎児の息の根が消え入るのを待とうと思った。
そうすれば、誰も医師ルーミスの故意の仕事と知るものもなく、子の母とこの子のためになると思ったからである。
ところが、そのとき胎児の健全な片方の小さな足、その足先が医師ルーミスの手を、ぐっと押したのである。そのはずみに、ルーミスは自分の考えた通りにやれなくて、その赤ん坊を、憐れな一本足のまま分娩させてしまった。
それから17年の歳月が流れたルーミスの病院では、例年の如くクリスマスの祝会を行なった。看護婦たちは手に手にローソクの灯を掲げて「聖しこの夜」を歌った。
その舞台の端には一人の娘がハープをオルガンに合せて静かに奏でた。老医師ルーミスはハープが好きであったが、その夜は涙を流して聞いた。
その時、彼の傍に中年の上品な婦人が近づき、そっとささやいた。
「先生、あの子をご覧になっておられましたね。17年前先生に取り上げていただいた、片足で生まれた女の子です。義足をつけていますが、前向きです。水泳も、ダンスもできます。あの娘は私の生命です!」
老医師ルーミスは、若いハーピストを抱きしめて言った。
「今晩が私にとってどんな深い意味をもたらしたか、私以外には誰もわかりません。もう一度『聖しこの夜』を私にだけ聞かせて下さい。私の肩には誰も知らない重荷が、かかっていました。それを取り除けてくれるのは、あなただけです」と。
こうして「生命の尊さ」と「神の摂理の導き」を深く実感させる夜は更けていった。
画: 三村 阿紀