こころの散歩

一番の恩師

一番の恩師

博愛の心がありながら、小学校の女教師トムプソン先生には、お荷物になる「いやな子」という生徒が何人かあります。とくに、ジム・ストッダードという子は、他の子とけんかしたり、だらしない格好をしたりして、困りものです。徐々に、ジムとの関係は悪くなりました。とうとう、先生は彼の答案の間違いに大きなバツを付けることや、彼を不合格とすることに、うっすら喜びさえ感じ始めました。
ある時、トムプソン先生は、クラスの一同の成長記録を調べねばなりませんでした。ジムのことを調べる段になって、先生は驚きで背筋がピンと伸びました。1年のときの記録に「ジムは活発な生徒で天真爛漫な笑顔を見せる。宿題も完璧にこなし、行儀もよい」とあるではありませんか。2年生の記録は「ジムは優秀な生徒でクラスの皆から人気がある。けれどもお母様が不治の病に侵されているので家庭生活では苦労があるようだ」となっています。引き続き年度を追って、まもなく母親の死があり、多忙な父親1人で少年のケアが困難なことが書かれ、次いで、ジムが無気力で注意散漫になったことが記録されています。
トムプソン先生は問題に気づき、自分自身を恥じました。
クリスマスがやってきて、生徒たちはいつもどおり先生にプレゼントを届けました。列を作って1人1人きれいな包み紙とリボンの飾りの贈り物を手渡します。ジムの番になって先生は、また気まずい思いをしました。ジムのものはスーパーの包み紙を裏返して包んでありました。中からは石が欠けたブレスレットと、中身が4分の1だけ残っている香水ビンが出て来て、生徒たちは笑い始めました。けれども先生は、大きな声で話し始めました。
「なんて素敵なブレスレット! 着けてみようかしら。香水もいい香り! 手首に着けたいわ。」
ジムはその日授業のあと、教室に残って先生に言いました。
「トムプソン先生、今日、先生は昔ママがしていたのと同じ香りがします。」
子供たちが下校してから、先生は一時間以上泣き続けました。その日から先生はただ読み書きや算数を教えるのを止め、その代わりに物事の意味、人の気持ちや主義や信条を子供たちに教えるようになりました。さらに特別にジムの面倒をみるようにし、勉強も教えました。そして学力は回復し、反応もきびきびして来ました。その年の終わりにはジムはクラスでもよくできる生徒の一人になりました。
1年経って、先生は偶然ジムのノートのページを覗くことがありましが、そこには「トムプソン先生は今までに出会った最高の先生。」と書かれていました。また6年が経って、ジムは先生を訪れ、3番の成績で高校を終えたことと、いまだにトムプソン先生が一番の恩師だということを報告しました。その後大学卒業のおりにも、ジムからの手紙があり、「まもなく主席で卒業します。私の1番の恩師が先生であることに変わりありません。」と書かれていました。
次の4年が過ぎると、大学の学位を取った後もう少し勉強を続けることにしたとの内容に、いつもの賛辞が付いた手紙が届き、サインは今までより長く、「ドクター・ジェームズ・F・ストッダード,M.B.」とサインされていました。
結婚式のおりにも先生のところに招待状が届きました。この日先生は、あのクリスマスのときの母親を思い出させるブレスレットをし、香水をつけることを忘れませんでした。再会の抱擁のおり、ドクター・ストッダードは先生の耳元でささやきました。
「先生、私のことを信じてくださってありがとうございました。先生は、私が大切な存在だと感じさせてくださり、また別の道を示してくださいました。」
トムプソン先生は目に涙を浮かべながら、お返しにささやきました。
「ジム、違うわ。私にもうひとつの道を示してくれたのはあなたの方よ。あなたに出会うまで私はものの教え方を知らなかったもの。」

(作者不詳)
画: 泉 類治

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